連載

 
新・つれづれ杉話 第16回 「柔らかな杉の役割」
文/写真 長町美和子
杉について、モノづくりについて、デザインについて、日常の中で感じたモロモロを語るエッセイ。 
 
  今月の一枚

※話の内容に関係なく適当な写真をアップするという身勝手なコーナーです。

数年前に行ったベトナム、ホーチミン空港に立っていたパンダ……らしき動物。左目のまわりにちゃんと黒で塗るべき凹みがあるのに、それを無視してブチ模様にしているところに、制作者の創作性というか意地のようなものを感じる。

ホーチミン空港
 
 
 
 
 
    柔らかな杉の役割
 

 

  唐突ですが、月刊杉の創刊号の「つれづれ杉話 第1回」で、杉の建具の柔らかさについてこんな風に書いたのを覚えている方、いらっしゃるでしょうか。
   
 
  表具やさんによれば、張り替えで建具を洗う時には「杉は女の肌を洗うように」って言うらしいです。そのくらい傷がつきやすい。松やケヤキの板戸なんかはゴシゴシ洗えるけれど、杉はもうそんなことしたらあきまへん。塀に立てかけて濡らした布でなでるように大事に障子の桟を洗う姿が印象的でした。  
   
 

ところが! この柔らかさを逆に利用するテがあったんですねー。それも思わぬ方法で。知ったのはつい先日、取材で伺った昭和26年築の木造住宅。その家の玄関扉は杉の格子にガラスがはまっているのですが、その桟がものすごく減っているのです。なぜかと言えば、毎朝力の限りにゴシゴシと雑巾掛けをしてきたから。およそ半世紀にわたってゴシゴシされた杉の桟は、海岸に打ち上げられた流木のごとく白く丸く削られて、組まれている部分は太く、桟の中央部分は細く、カーブを描いている様は乾燥した骨を思わせます。

   
 

「玄関の戸の桟が白いまま減っているのは、その家の主婦が毎日欠かさず、それもきれいな雑巾で念入りに掃除をしている証。昔はそれが称せられたんですよ」と家の主は胸を張ります。でも、そのお掃除の様子を拝見すると、何もそんなに力を入れずとも……と杉がかわいそうに思えるのでした。
一家の主婦が褒め称えられる代わりに、杉の戸は身を減らして耐えてきた、というわけです。なんと健気な杉ではありませんか。風雪にさらされて木目が立つのならともかく、これはまさに人為的「浮造り」です。

   
  杉の道具は暮らしの中でさまざまに活躍してきましたが、こういう活用のされ方もあったんだなぁ、と感心したひとときでありました。
   
   
   
   
 
 
  <ながまち・みわこ>ライター
1965年横浜生まれ。ムサ美の造形学部でインテリアデザインを専攻。
雑誌編集者を経て97年にライターとして独立。
建築、デザイン、 暮らしの垣根を越えて執筆活動を展開中。
特に日本の風土や暮らしが育んだモノやかたちに興味あり

   
   
   
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