新企画

 

スギダラな一生/第2笑

文/ 若杉浩一
 
 
 

 みなさん「スギダラケな一生」第2笑ですが、南雲さんより指摘がありまして「スギダラケな一生」の「ケ」が、うさん臭いと言うのである。「やっぱり『スギダラな一生』だよ。そっちの方が『無法松の一生』に近いじゃん」また、そう来たか。どうしても「無法松」に行きたいようである。したがって「スギダラケの一生」改め「スギダラな一生」に連載名を変えさせて頂きたい。
(たいしたことじゃありませんが)

   
   ということで今回は、スギダラ選挙事務所奮闘記のお話をしたい。主人公は上田令子さんである。上田さんは、小学生2男児の母であり、働く女性であり、江戸川ワークマムというグループ(スギダラのようなもんです)を立ち上げ、働く女性を支援する活動をしている。一人で3役もこなしていながら、遂にこのたび4役目の江戸川区の区議選にまで立候補し、区議会議員にまでなってしまった。まったくタフでエネルギッシュな姉ちゃんである。僕は彼女のことを「姉御」と呼び彼女は僕のことを「組長」と呼ぶ。彼女との出会いは、東京都の職員を集めたセッションで、自治体とNPO、そして企業の新しい関わりというようなタイトルでお互いスピーカという立場で知り合った。知り合いから紹介され  

    パワフルな姉御、上田令子さん。
 

内田洋行の紹介をしてほしいとのことで、軽く引き受けた。ところがどっこいその場に着いて愕然としたのだが、集まった方々は保育や幼児教育や支援のまつわる人達でそれに向け企業がどのような役割で関わっているかということをレクチャーしなければならなかった。たまたま、ネットワークを組んだ「貼る体温計」の開発や、会社内で小学生相手に寺子屋をやろうなんて(富高小の夢が覚めないのである)悪巧みをしていたのはあるが、まだまだ計画の最中、皆さんにお話しできるような内容ではない。内容もちゃんと確認せず、引き受けたあさはかさに自己嫌悪を感じながら、どうこの場を乗り切るか必死に考えたが、どうにもならない。大企業の支援活動や、寄付の仕組みは凄い「さすが儲かってる企業は違うわ、俺たちの会社にも支援してもらいたいわ」なんて独り言をブツブツ言ってる場合ではなかったのだが,すっかり感心してしまった。如何に世の中の企業がきちんと資金的社会貢献しているかが解った、ところがどっこい、コッチは、最近ようやくスギダラでの宮崎へ活動の参加が会社の出張扱いになった程度で、「奉仕」なんてほど遠い、まったく「放心」状態である。こうなりゃ仕方ないと生々しい事実と実態を話しつつ、スギダラの話をやけくそ気味に話したのであった。
 「これからの社会貢献は企業が団体として、資金や施設の貢献をするだけではなく、企業の中の個人が企業の枠を超え社会に参画する、そして企業がそれを見てみぬフリをいや、支援する。人という資産を提供する活動を我々の企業は行なっております。」まあ、ものは言い様である、よくもまあこんな事が言えたもんだ、おそらく、やけくそだったからであろう。結構笑いは取れた。

   
 

 その後が凄かった。主人公、上田令子さんの講演である。実体験と苦労に基づいた社会との戦い、子供を持って働くということの大変さ、それと、男ども(僕もそうですが)と企業の冷酷さを、前向きにとらえ、しかも性懲りもなく事を起こして行く彼女のアグレッシブな活動を、面白おかしく喋っていく彼女の姿を見て、口をポッカリ開けたままの状態で聞き入っていた。
 「すっげ??、おもしれ??、なんて人なんだ。」
 所詮僕らは男社会で生きている事と、もう一つの「身近な社会」を知らなかった事に恥ずかしく思った。
講演が終わったあと、二人でお互いの自己紹介。いや、生い立ちを探るように話し合った。「よくもまあ、めげずにここまで生きてらっしゃいました」って感じなのである。少ない保育施設と高い保育料と戦いながら、働いたギャラは子供の養育費へ変わる現実。3年で終わる学童を働く母親のために、仲間を創り、自治体にかけあい、ついに全学年学童に江戸川区を導いた。また学童のために様々なイベントや地域の人達と子供達を結びつける活動を率先して行なっている。彼女の活動にはへんな使命感や責任感はない、ただ楽しくしたい、豊かにしたいという事だけである。したがって無理はしない、無理を強いない、ノリを大切にする。そして飲みを大切にする。仲間との楽しさを大切にする。現場を大切にする。なんだかスギダラじゃないか?
 僕が共鳴するのは必然なんだ。杉と子供は、つながっているのかもしれない。我々が経済や効率を大切にするあまり、ないがしろにして来たもの、そして行政や学校に任せっきりにしてきた我々自身の問題なのかもしれない。
 様々な人々がいて問題を問題視せず楽しみに変えて行く力や知恵、そして未来を創って行く事、これがスギダラの意味なのかもしれない。そういった意味では南雲さんの「スギダラはもはやスギダラでない」という言葉は真実であり、スギダラから始まった事が、実はこれからの社会や未来へのデザイン活動へとつながっている事を意味しているかもしれない。

   
 

 姉御は出会ってすぐスギダラの会員になってくれた、そしてまもなく地域から押されて区議会議員に立候補した。彼女は「私の選挙事務所はスギダラにしたい」と申し出てくれた。僕たちは、宮崎の杉を使いシャッター商店街の一角に、ボランティアメンバーと内田チームでスギダラ選挙事務所をつくった。街並が生き返った。そして先日姉御は見事区議会議員に上位当選した。始めてのスギダラ区議会議員の登場だ。
 一つの自分の身の回りの出来事から始まった姉御の活動が今や仲間を動かし、区を動かし、そして区議となり活動を広げている。
彼女は「私の夢は大統領よ」と言う。結構いけるかもしれない。
どうか、地域、社会,未来のために楽しく活動を続けてほしい。おめでとう姉御。

   
   
  上田令子さんの選挙事務所をスギダラ空間へ。施工中。   エントランスに杉リブが。
       
 
 

施工が終わって、みんなで。おつかれさまでした。

   
   
   
 
  ●<わかすぎ・こういち>インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 テクニカルデザインセンターに所属するが、 企業の枠やジャンルの枠にこだわらない
活動を行う。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長




   
  Copyright(C) 2005 Gekkan sugi All Rights Reserved