スギダラ広場
 

スギダラな一生/第88笑 「タイトル」

文/ 若杉浩一

   
 
 
 

久しぶりの原稿、スギダラの活動はかなり面白くなっているものの、webの更新、「月刊杉」とも、スタッフの怠慢で一向に進まなくなった。
忙しいから・・・いろいろ都合があるのかもしれないが、続けることでしか、見えない世界がある。
何の意味があるか?
何の見返りがあるのか?
効果はどうか?
売り上げはどうか?
広告収益に換算すると?
全て、見えるものしか信用しない、価値に感じない。
いつから、そんな時代になったのだろう?
大切なこと、守りたいこと、未来に伝えたいこと。
こんなことを言うと、いつも「それは、どんな効果があるのか?どれだけ稼げるのか?」と問われる。
それどころか、「思いだけでは、生きていけない!」「綺麗事を言うな!」と言われる始末。30代初頭に「いいデザインして、会社を美しくしたい。」と開発の先輩に言った。「デザインなんか、金がかかるだけで売り上げにならん。そして、お前が貰った、デザインの賞何か一円にもならん。」と言われた覚えがある。未だに覚えているくらい、ショックだった出来事だ。
しかし、その暴言のお陰で、今がある。
自分の気持ちを、大切に、生きて来れたからだ。
デザインは、美しい形になるが、大切なことは、なかなか形にできない。
だから、見えないものは、無いのと同じに、軽んじられ、誤魔化されてきた。
しかし、行政の方針や、会社の方針となると、この見えないことを、言葉に掲げる。「市民がしあわせな、まちづくり。」「顧客を大切に思うこと。」
「しあわせ?」「たいせつ?」結局、今まで通りに、施設を作り、ものを作り、業務を、今まで通り遂行するだけの「仕事」。
こうして、「仕事」とは、見えることだけを、取り扱うことになるのである。
だから、9時〜5時に、ネクタイスーツ姿で、出勤した、存在が重要で、生み出した中身や、見えない未来より、目の前の数字が重んじられる。
10年後の未来のために積み上げていく事なんかは、意味不明な事として、吐き捨てられる。
デザインも、哲学や社会的な意義より、コマーシャリズムが優先される。
ひたすら、試行錯誤する事より、メソッド、デザイン思考という方法論が騒がれる。
いいデザインより、いいデザインを生み出すかもしれない方法論が重んじられるのである。目に見える、答え合わせばかりを気にしている。
こんな社会だから、「誠実なこと」より「小賢しいこと」の方が有利になる。
「面倒くさい、大切な事」より「簡単な、知識や論理」の方が有利になる。
「懸命に働く人」より「様子を見て、評価、評論する人」が増える。
だから、誠意を持って、毎日、懸命に働く事は、全く、分が悪い。

スギダラのメンバーは、「簡単にすれば、効率的にやれば、済むような事を、寄って、集って大勢で、ワイワイやって大騒ぎする。こんな時代に、逆らって。だけど、とても大切な事をやっていると思います。」鈴木潤子氏(アトリエMUJI、キュレーター)「木を見て、森を見る展」主催。
今回のイベントで、大変お世話になった人だ。
日本全国に、有り余るほどの優良な「木」という財産と「森」という私たちの生活を維持している、豊かな生命装置がある。
しかし、私たちは「簡単で、便利で、安い」工業製品の生み出す生活を享受し、「目の前にある大切なもの」を忘れてしまった。
生活は豊かになったが、大切なものが見えなくなった。
だから、「木を見て、森を見る」ことを、改めて実践しようという試みなのだ。
ダジャレから始まったネーミングなのだが、グローバルな工業製品としての「イケ○」に対抗して、そこにある「木」で「地元の工務店や大工さんが、ユーザーと一緒に作り上げる」仕組みを「コイヤ」と名付け、和田くん、小山くん、奥ちゃん、賀來さん等のたくさんのデザイナーが地元の建材で作る家具の仕組み、デザインコードを考えた。
面倒が嫌な時代に、大変、面倒臭い事をやるのだ。
もともと、地域の生活の道具は、概ね、地元で作っていたし、経済は循環していた。
しかし、私たちが、工業社会に飲み込まれるに従って、地域に仕事がなくなり、人がいなくなり、「木も森も」放置されてしまったのだ。
だから、改めて、以前の当たり前を、今、面倒臭い事を、喜びに変えて、大切な事として、伝えていくデザインが「コイヤ」なのだ。
名前は、悪ノリだが、志は、良いノリである。
ノリがあるので、ノリのいいメンバーが集まる。
とにかく、いつも打ち合わせより、懇親会の時間の方が長い。
飲んだ勢いで、次の施策が決まり、酔いが覚めないまま突き進む。
実力、経験、売り上げ目標、などの心配事や、弱気は後回し。
やる事を前提で進んでいく。デザインや経済を支えてきた「成功するビシネスモデル」ではなく「やりたいモデル」であり、懇親会が、ガソリンなのである。
合理的で、便利で、安いモノを生み出す、巨大な仕組みに対抗するには、面倒だけど、大切だと思う人たちが、繋がる小さな仕組みが、たくさん繋がる。
そういう運動を、起こし、その運動に参加し、大切な事を感じて、人が繋がっていくしか無いと思うのだ。
だから、この展覧会は、最初は材料以外、何もなく、先ずは床を貼る事から始まった。しかも、お客様と一緒に杉の床材を、貼るのだ。
上手く貼る事より、自分で貼る。
隙間が空いたり、傷がついたりする。
施工業者に頼めば簡単だが、自分で貼ると、失敗ですら愛おしくなる。
大工さんの仕事がとても、素晴らしく見える。
尊敬の眼差しは、仕事に誇りを与え、仕事への共感が生まれる。
いなせでカッコよくさえ見える。
そうなのだ、こうやって、見えないものが、見え始める。
モノへの理解や、仕事への共感、尊敬が生まれる。
そして、人は、モノと、大切に付き合うのだ。
私たちの毎日、生きていく事そのものに、本当は、沢山の英知と価値が潜んでいる。しかし、便利で、簡単で、消費するだけの生き方の連続で、私たちは大切な事を見る力を失ってしまったのだ。
だけど、この会を通じて、企画した側も、参加していただいた方も、私達も感じた事は、大切な事が見えた喜びと、キラキラした眼差しの存在である。

便利さを求め、走ったのも「人」だが、未来のために可能性を、現実にするのも「人」である。結局、「人の気持ち」が未来を決める。
だとすれば、この「やりたいモデル」の広がりは、未来に大切な価値を伝える可能性を帯びているような気がしてならない。
さあ〜まだまだ、やるばい!!これからばい!!

全国のコイヤメンバーと、企画に協力していただいた、アトリエMUJIの皆様、そして参加していただいた沢山のお客様に感謝の気持ちを込めて。

   
 
   
   
   
   
  ●<わかすぎ・こういち> インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 所属。
2012年7月より、内田洋行の関連デザイン会社であるパワープレイス株式会社 シニアデザインマネージャー。
企業の枠やジャンルの枠にこだわらない活動を行う。
日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長 
月刊杉web単行本『スギダラ家奮闘記』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka.htm 
月刊杉web単行本『スギダラな一生』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka2.htm
月刊杉web単行本『スギダラな一生 2』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka3.htm
   
 
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