特集 縄文杉が眠る、島根「三瓶小豆原埋没林」
  縄文時代の森を見る奇跡
「三瓶小豆原埋没林」(島根県大田市)

文/中村唯史
写真/島根県立三瓶自然館

   
 
   
 

 縄文時代、日本列島に暮らした縄文人たちの目に映る山野の風景はどのようなものだったのでしょう。まだ、本格的な農耕は行われていない時代、原始の自然環境は現代と大きく異なると想像されます。そんな時代の森を、実際に目にすることができる場所があります。島根県の中ほどにそびえる三瓶山。古代出雲の神話にも登場する山のふもとに、巨大なスギが立ち並ぶ縄文時代の森が埋もれています。

【地底にそびえる森】
 三瓶山(標高1126m)は、東が「神々の国・出雲」、西が「銀鉱山王国・石見」の、2つの旧国の国境に位置します。その山の北麓に縄文時代の森、三瓶小豆原埋没林(島根県大田市)があります。

 縄文時代の森は、のどかな里山の風景の一角にあります。地上の風景からは、地下に眠る森の姿は想像もつきません。三瓶小豆原埋没林公園として整備された地下展示室に足を踏み入れると、そこは異空間。約4000年前(縄文時代後期)のスギの巨木が地底にそびえ立ちます。大きなものでは、根回り周が10m前後、幹の高さは最大12mに達します。その太さから、生育時の樹高は40〜50mと推定される巨木が互いにせめぎ合うように密生していた森の一部を目の当たりにできます。

 巨木を見上げながら太古の森の風景を想像すると、その壮大さに圧倒されそうな気がします。太い枝が互いに絡み合うように伸び、茂る葉によって日の光が届かない暗い空間が広がっていたのでしょう。現代の日本列島では見ることができない、原始の森の姿です。

【火山が残した森】
 縄文時代の森を地中に埋め、現代に残してくれる役割を果たしたのは火山でした。その火山とは三瓶山です。三瓶山は幾度もの火山活動を繰り返し、カルデラを作る大規模な噴火を起こしたこともあります。最新の噴火は約4000年前。この時、三瓶小豆原埋没林は地中に埋もれました。

 約4000年前の噴火では、溶岩の噴出と火砕流の発生を繰り返しました。厚く堆積した火山灰が水を含むと、今度は土石流となって谷を流れ下りました。三瓶山の北麓では大規模な土石流が発生し、その土砂が森を埋めたのです。

 地底の森を発掘してみると、直立する巨木の根元に、土石流によってなぎ倒された巨木が絡みつくように折り重なっていました。不思議なことに、倒木が絡みついているのは谷の下流側。隣の谷を流れた土石流があふれ、合流点から逆流してきたことがわかりました。逆流した土石流が勢いを失ったことで、この場所に生えていた木々は倒されずに地中に埋もれたのです。

 縄文時代の木々が根を張る当時の地面には、落ち葉がそのまま残り、昆虫の遺骸や地面に生えていたコケ残されています。火山噴火のおかげで、縄文時代の森の生態系がほぼそのまま残されたのです。

【森の発見】
 地底に森が眠っているかも知れない。そのことに、最初に気づいたのは県立高校の教員だった松井整司氏でした。1990年のある日、地層の調査のために三瓶山を訪れた松井氏は、1枚の写真を目にしました。そこには、深い穴の底からそびえ立つ巨木が写っていたのです。

 写真は1983年に行われた水田工事の時に撮影されたものでした。工事中に出現した立木は単なる障害物として取り除かれ、関係者以外には知られることないまま、時が過ぎていました。しかし、三瓶山の火山活動史を研究していた松井氏は、写真の立木から火山噴火で埋もれた森の存在を直感したのです。

 「埋没林は全国にいくつかあるが、幹を残した立木が残っているものは聞いたことがない。三瓶山の火山活動史の資料にもなるだろう。研究の集大成として探してみよう。」

 その後、松井氏は私費でボーリング調査を行うなど、立木が出現した水田付近を調べ、水田の地下に森が存在する可能性が高いことを明らかにしました。この調査結果を受け、1998年に島根県が発掘調査を行い、ついに地下に眠る森が発見されたのです。

 三瓶小豆原埋没林と命名された縄文時代の森は、一部を発掘して島根県立三瓶自然館に展示するとともに、発見現地には地下展示室が設けられました。

 工事で偶然現れた立木。その写真から意義を予見した研究者の情熱。森を埋めた自然の偶然とこれを見いだした研究者の思いのおかげで、今日、私たちは太古の壮大な森の一端を目にすることができるのです。

三瓶小豆原埋没林公園
所在地:島根県大田市三瓶町多根ロ58−2
電 話:0854−86−9500
開館時間:9:00〜17:00
休館日:12月第1月曜日から金曜日までの5日間。12月27日〜1月1日

   
 
   
 
  里山の風景が広がる一角に、三瓶小豆原埋没林がある。中央の丸い構造物が展示室。
   
 
  地下展示室にそびえるスギの巨木。
   
 
  1998年に行われた発掘調査で最初に発見された立木の頂部と発見者の松井整司氏。
   
 
  発掘調査中の風景。火山灰中に立木が埋もれている。
   
 
  立木の周囲に絡みつく倒木。倒木も大半が直径1〜2mの大径木。
   
 
  1983年の工事中に出現したスギの巨木。
   
 
  三瓶山遠景(大田市川合町から撮影)
   
   
   
  ●<なかむら・ただし> 島根県立三瓶自然館

   
 
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