スギダラ広場
  にっぽん飫肥杉仮面ばなし/第11話「おびすぎころりん(上)」

文/イラスト 河野健一

   
 
 
 

むかし、むかし、正直で働き者のおじいさんが、山で飫肥杉を伐っていました。時の流れも忘れ、一生懸命働き、気がつくと、太陽はすっかり真上に。
「さあて、そろそろ昼にするか。ばあさんが作ってくれる弁当は、うまいからなぁ」

弁当を取り出そうとしたその時、するするっと手が滑ってしまい、箸を1本、落としてしまいました。箸は、山の斜面をころりん、ころりん、転がっていきます。慌てて追いかけるおじいさん。
「待て!待て!止まってくれ!ばあさんの弁当を早く食べたぁ〜い!」
箸は、斜面をころりん、ころりんと転がり、地面に開いた穴に、スットーンと飛び込んでしまいました。
「うわぁあぁあぁ〜困った。困った。大切な大切な飫肥杉の箸がぁあぁ〜っ。軽くて、適度なガサガサ感で食べやすくて、食事をジャマしない程度の程よい香りの、お気に入りの、飫肥杉の箸がぁあぁあぁ〜っ!」

穴の中を覗き込むと、その穴は斜めにどこまでも延びています。どのくらい長いのか、深いのか、確認したくて、穴の中へ石を放り投げました。スットーンと消えていったストーン。必死になって覗き込んでいると、うっかり足を踏み外してしまいました。
「うわぁあぁあぁ〜ぁ〜ぁ〜〜」
長い穴をズサーっと滑り落ちていきました。気がつくと、まわりがずいぶん明るいです。よく見ると、立派な屋敷があり、うぐいすが鳴き、ウグイス嬢のアナウンスが聞こえ、梅や桃や桜が季節かまわず咲き乱れています。とてもめでたく、華やかな感じです。

屋敷の中から白いネズミが出てきて、おじいさんに言いました。
「おじいさん、どうぞ中へ」
おじいさんは立派な座敷に通されます。
そこへお父さんネズミが出てきて、丁寧にお礼を言います。
「このたびは、あの恐ろしいネコどもを、2匹も退治していただき、本当にありがとうございました」

屋敷の外を見ると、トムという名のネコに飫肥杉の箸が、ジェリーという名のネコに石が乗っかって、2匹は白目をむいて倒れています。
お母さんネズミも出てきて、またお礼を言われます。
「あんな立派な柱と、あんなに大きな岩で、私たちを助けていただき、ありがとうございました」
「あれは柱じゃなくて、箸らよ」
おじいさん渾身のダジャレは、聞き取りにくかったのか、スルーされました。

そんなことには関係なく、ネズミたちは、チュウチュウと大喜び。
一家揃っておじいさんにお礼を言います。
赤ちゃんネズミは、おじいさんの頭に駆け上がって、ぴょんぴょんと飛び跳ねました。
「お礼のモチつき踊りを楽しんでいってくだちゃい」
ネズミの餅つきなんて聞いたことがありません。
おじいさんがワクワクして待っていると、たくさんの石うすが運び込まれ、たすきを巻き、飫肥杉仮面を付けた、若くてセクシーなネズミたちがズラッと並び、ぺったんぺったん餅つきが始まります。
「ぺったんぺったん、ねずみのもちつき。ねこがこなけりゃ、せんねんまんねん、でんねん」
ネズミたちが、これを繰り返し歌いながら、餅をつきます。

最後のフレーズ「でんねん」が、字余りで、明らかにラップのリズムを乱し、しかも「関西弁?」と突っ込みたくなる気持ちなどを、はるかに超える楽しさです。
ネズミの餅つきは実にうまいもので、おじいさんは、お父さんネズミに聞きました。
「あの仮面のネズミさんたち、とても上手ですね。寝ずみ練習してるのかな」
また聞き取りにくかったみたいです。

1匹がモチをこねると、1匹が杵(きね)を振り下ろし、ぺったん。
1匹がモチをこねると、1匹が杵(きね)を振り下ろし、またぺったん。
それに合わせて、
「ぺったんぺったん、ねずみのもちつき。ねこがこなけりゃ、せんねんまんねん、でんねん」
と歌うのですから、その可愛さ、面白さはたまりません。
「でんねん」のところで、モチじゃなく手をついてしまうのではと、ドキドキ感も半端ないです。
おじいさんも思わず、
「ぺったんぺったん、ねずみのもちつき。ねこがこなけりゃ、せんねんまんねん、でんねん」
と、一緒になって歌い出し、宴会はたいへん盛り上がりました。
「いやあ、楽しかった。本当に良い時間が過ごせました。素晴らしい杵(きね)ん日になりました」

大勢の、たすきを巻き、飫肥杉仮面を付けた、若くてセクシーなネズミたちが、みんな同時にピタリと動きを止め、首だけクルっとおじいさんに向け、全員に見つめられます。
おじいさんが「また、やっちまったか」と思ったその1秒後、ネズミだちは大爆笑!
笑いすぎて涙を流しながら、おじいさんを胴上げです。

やぁ〜、このおじいさんはスゴイですね。
その先に何があるのかも分からない、長くて深い穴の先。
待っていた世界は、ネズミダラケ。さらには、そのネズミたちが喋るという。
もちろん想像もしていなかった、想像しようとしてもとても無理だった、信じられない光景。

働き者のおじいさんですが「楽しむときは、トコトン楽しむ」というモットーの持ち主でした。

どこかに行ったり、何かをしたりするキッカケは、さまざまです。どうせ、そこに来たのなら、どうせ、それをやるのなら、思いっきり楽しんだほうが良いと思います。知らない場所、知らない人々、初めてやるコト、そりゃ〜不安でしょう。

でも、楽しむのです。自分で楽しくするのです。自分の気持ちを「楽しい」の方向へ向けていくのです。自分で、自分に付いている「楽しむ」スイッチを押すのです。そうすると、そのスイッチを勇気を出して押した人にしか分からない、新しい世界が待っています。

   
 
   
   
   
   
  ●<かわの・けんいち> 日南市役所 広報担当 / 日南市 飫肥杉課OB / スギダラ飫肥支部 広報宣伝部長・会員番号441
   
 
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