特集 月刊『杉』10周年記念特集
  祝・月刊「杉」10周年 スギダラな人生・ここでしか言えない『番外編』

文/写真 山口好則

   
 
 
 

 『天竜杉と富士』

   
 

 暑さも峠を越え、蝉の声も季節が変わり来る事を伝える種類に変わり、そして街中ですれ違う小中学生の切羽詰まった顔が夏の終わりを告げるこの時期。

そんな夏の終わりに近づいた8月22日(土)に富士山のすそ野でハンパない規模のコンサートが開催されていたのは皆さんご存知でしょうか?

「長渕剛10万人オールナイト・ライヴ2015in富士山麓」

   
 
   
 

写真は長渕剛氏や矢沢栄吉氏のツアーでサポートを務めるギタリストのIchiro氏。
オールナイト・ライブで演奏中の姿です。

彼の手にするギターにほんの少しだけ「私と天竜杉」が関わったので今回は『番外編』としてご紹介させて頂きます。

   
 
   
  『音楽とわたし』
   
 

中学生の時からギターを弾き始め、部活動は中高とブラスバンドに所属しながらも部活そっちのけでギターばかり弾きたおし、大学に行ってからビッグバンドでトロンボーンでジャズに明け暮れ親の苦労と学業もそっちのけで道楽三昧。(注:後にビッグバンドはジェフ・ベックとスタンリー・クラークのライブにバンドの都合で行けなかった事にブチ切れて退部。)

 26才になり木材市場での修業を終えて地元に戻った時に以前一緒にバンド活動をしていたメンバーから、
「ベースが出来婚でバンド辞めるって言うから代わりに弾いてくれない?」
「とりあえず来月すぐに1人数万円のギャラが出るパーティーの仕事があるからどう?」

その足でベースを買いに行き楽譜を調達してもらい練習開始。

そんな甘い考えからスタートしたのが私のベース弾き人生の始りです。

   
 
   
  『楽器用素材としての杉』
   
 

 実はギタリスト以上にベーシストは素材にこだわる人が多い。ギタリストが無頓着って訳ではなくベーシストが神経質なのかもしれません。

でも色々と調べてもギブソンやフェンダーのみならず、日本製でもギター・ベースそしてフォーククラッシックギターまで使われている木材は全て外材。
アッシュ・アルダー・ウォールナット・メイプル・マホガニー・エボニー・スプルス・ブビンガ・コア…。

ベーシ弾きって形の選択肢が少ないぶん使われる材料にはこだわる人が多いんです。
この辺りはギタリストよりも使われる木材に対しては神経質かもしれないですね。

私もその中のマニアのひとりであり、またバンドメンバーがギターのリペア職人(修理や改造・組込み等)をしていたので無理を言ってオーダーメイドでベースを造って貰いました。

ボディー材として必要な項目は「比較的質量が大きく硬質でボディー自体は鳴りながらも弦振動を吸収せずサスティーンがある事がイメージできる木材。」
面倒くさいですね〜、実に面倒な奴だ。
私の中では最初から「杉」はあり得ませんでした。いろいろな種類の木材を担ぎ運びが日々の仕事でありその感覚の中から質量不足と材を殴打した時の響きがイメージの中に無く楽器用材として考えませんでした。

   
 
   
  『杉がギターに』
   
   冒頭の写真はギタリストのIchiro氏、浜松のギター工房セナ・ギターズさんに「杉のギター」を正式に発注した方で長渕剛氏や矢沢栄吉氏のツアーでサポート・ギタリストとして参加されている超一流ミュージシャン。 以前からセナ・ギターズさんのギターを愛用されていてツアーで浜松に来て工房に寄った際、試作品の「杉のギター(私の供給した杉ではないのですが)」の音が気に入りそのまんま夜のライブに使用したのが通称「杉ちゃんST一号」
   
 
 
   
  でも杉の柔らかさが致命傷に。
いくら激しい演奏スタイルのIchiroさんとはいえたった1ステージで傷だらけ。
ベルトのバックルやステージ衣装の光り物がこんな悪さをするのですが、そんなことはせいぜい塗装が剥がれる程度で素材は耐えなきゃいけないんです。
1950年代中期のギターやベースがビンテージ物として数百万円の価格で取引きされているのはご存じでしょうか?
しかも多くは今だ現役としてステージで演奏されています。
つまり50〜60年は持たなきゃダメなんです。
写真を見ればどんな傷つきかたをしているのかは解ると思いますが、損傷が激しいのはやっぱり早材部分で晩材には殆ど損傷が見られないのです。
*スギダラ読者なら早材と晩材の違いが解る前提です、解らにゃググって来い( ̄Д ̄)ノ!
   
 
   
  『杉は杉でも』
   
 

 製作者のセナ・ギターズの前田氏と仲間のミュージシャンの山村氏が、
「このご時世アルダーですら1ピース(1枚物)ボディの供給が難しくなっている。」
「国産材の杉って使えないか?」
ってことで天竜のとある製材所で杉材を調達して造ったのが前出の「杉ちゃんST一号」。
ところが諸事情により受給が不可能になり困っていた様なのですが、偶然にもFacebookで繋がった私に連絡をくれたのです。

「あの人材木屋さんだし、楽器もちょっとかじってるみたいだし。」
「Ichiroから天竜杉ギターの正式発注が来てるからなんとかしなきゃ!」

相談を受けた私は当然のごとく彼らに言ったことは強度面にしても材の品質のバラつきにしても、
「杉は楽器として安定性が確保出来ない樹種だから無理に使わなくても良いんじゃないの?」

今まで私が出逢った国産材のギターは、
「**で伐採して来た杉の木で**の木工作家さんがギターを作ったんですよ〜。ステキでしょ^ ^。カッコいいo(^_^)o!」(絵文字の使い方が間違ってたらゴメンなさい)
「ふ〜ん。で、音は?」
「わかんな〜い、でも作ったのがすごいでしょ^ ^。」(男性でもこんな人いました)
「ケッ!バカくさ!」(誰に嫌われようがうそ偽りのない私の気持ちです)

なんて程度の話しか周りになかったので本気度0%ながらも「杉ちゃんST一号」を見るために前田・山村両氏の所に行き、ちょっとだけ触らせてもらうと。

「へぇ〜、ちゃんと鳴るじゃない^ ^。」

ネックとボディの接合部の強度不足を補う為の工夫(写真も有るけどパテントの関係で公表できません)や、音域の補正をする為にメーカーと開発したピックアップを見て本気度急上昇!
でもボディ裏の傷を見て「こりゃいかん。」でも早材の部分が狭ければへこみ傷を減らせるかもと思い、どんな杉使ってるのかと製作中の物を見せてもらったところ…。

   
 
 
   
 

正直なところ「天竜杉と呼ぶにはしのびない」レベル。

私が口出しする限り、私自身が納得する材でなければ協力もしたくないし造らせたくない。
そんな思いで選んだのがこの木。

   
 
   
   
 

我々業界人からすれば「どーよこれ!」と言いたくなる逸品。
しかし60cm長・45cm巾で裏も表も節が無い物っていうと意外とハードルが高く、アルダーやアッシュじゃ1ピースは難しいであろう事が実感できました。

私自身の材木屋としての仕事はここで完結しているのですが、本当のギター造りはここから。
前田氏の技術がなければ音を奏でる事は出来ないのです。

まずは木取り。

   
 
 
   
 

そして乾燥(住宅部材と違うので6〜8%程度まで含水率を落とします)なんですが、これだけ年輪が密になっていると乾燥させるのがかなり大変なんですね。通常よりも時間が掛ったようです。
*人工乾燥なので色合いはかなり変わりました。

   
 
   
 
 

そして少しずつ形に。

という所で、一話完結の予定で執筆していたのですがこれで半分です。

月刊「杉」10周年 スギダラな人生・ここでしか言えない『番外編その1』はここまで。

急遽『番外編その2』に続きます。

 

   
   
   
   
  ●<やまぐち・よしのり> 1960年生まれ またの名をシブチョー スギダラ天竜支部支部長(自立立候補) 山口材木店退社後、丸八製材所営業開発課長として「天竜杉」の製品開発と販売に取 り組む(スギダラな人々第一回に登場) その後、有限会社アマノの営業課長として「天竜杉」の販売に携わる。
   
 
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