隔月連載
  スギダラな人生・ここでしか言えない 『流通編』2
文/ 山口好則
   
 
  『破』
   
 

 昭和61年(1986)、当時木材流通の要であった木材市場での修業を終え家業である浜松の製材所に戻ります。
(夜な夜な飲み歩き給料の全てを酒と遊びに費やしたバラ色の日々もこの時終えました。)

結局木材市場では構造材としての「杉」の扱いはごく少量。
記憶に残るところではごく一部の高級天井板や全く見えない床の下地程度。
かろうじて扱った構造材は「安普請(ローコスト住宅)」で使われる柱や間伐材か小径木で作られる55o角の垂木の扱いが主、板材にしても畳下地か屋根下地が主流で当時既に天井板などの消費も少なくなっていました。

?単価が同サイズの桧製品に比べて5〜6割程度の杉製品は「量」を扱う流通業者にとっては魅力が薄いのです。置き場所も市場運営会社から有料で借りているのですから当然問屋さんも?単価の高い物を置くようになるのは当然ですね。

杉好きの夢を見事に『破壊』され、三年間の修業を終えて帰ってきた実家の主力製品はなんと「米松」。
学生時代から家業と学業を省みず車や音楽その他諸々に明け暮れている間、家業の製材所は確実に時代の流れにのみ込まれていました。

   
 
   
  別の『流』
   
 

 大型の生産工場の少なかったこの頃はまだ構造材も地域地域で製材するのが一般的で、注文を受けてから原木を製材し大工さんの所に届ける、今から思えばのんびりした時代でしたが私が実家に帰ってきた頃の構造材の主力は静岡県内でも中部の大井川筋の一部の地域で「杉」を使う以外は殆どが「米松」。

三河や天竜地区は昔から植林が盛んで山林資源も豊富、小学校の地理の教科書に書かれていた「天竜杉」という言葉に優越感を覚えたものです。
しかし直径も大きくて長さの制限も少ない「米松」は歩留りもよく始末が良い、径も長さも季節も制限がある「杉」には当然のごとく目もくれなくなりました。
そしてこの『流れ』は構造材だけではなく下地材まで、「野縁」「胴縁」「間柱」とあらゆる建築材が外材化してたのです。
木材市場にいた頃は「桧」とはいえ国産材を主に触っていた自分がその流れの中でますます「杉」から離れて行く事になります。

   
 
   
  『訳』
   
 

 「桧」と「杉」、国産材を扱えば必ず最初に出てくるのがこの二つの樹種。
特一と呼ばれる丸味の無い正角の金額差は杉は桧の半分、丸みの付く一等材になると金額差はもっと開く。
理由は簡単、樹種としての価値観がまったく違うのだ。
先ずは強度、同じ日本の杉桧とはいえ産地によって強度差の出る木材だが同じ産地の杉桧ならば確実に「桧」に軍配が上がります。

「杉か〜?」「杉じゃ弱いし、そこは桧だろう!」

まだヤング係数なんて言葉の無い時代は(いえ、有りましたが私の周りでは誰一人その言葉を使う人はいませんでした(^_^;)。)知識は今までの経験と感覚が全てでした。そしてそれを私たちの説くのですから信じない訳にはいかないし、決して間違いではないと思いました。
ではなぜ?

当時の先輩たちの感覚を今私の持つ知識の中で「杉」と「桧」の差を言葉に変えるとするならば。

弱い=「強度」と考えた場合
1.めり込み(押した時のへこみ)の深さが違う。
少ない荷重でへこんでしまう=「傷つきやすく扱い難い」

2.たわみが大きい。(乾燥すれば減るが、決定的に樹種で差がでる)

「挽きたての杉の五分板なんぞ二間をかつぐと尺垂れる」
現代語訳すると、
「製材したての杉の15ミリ厚の4メートルの板を真ん中で持つと先端で30センチぐらいのたわみが出る。」
製材したての未乾燥材は柱でも両端を支点にすると自重で実際にたわみます。

 

3.軽い。(乾燥すると)
質感が安い、安定感(安心感)に欠ける。

これらが総じて「弱い」というイメージに繋がった『訳』なのでしょう。
が、この欠点と言われる「杉」の特性が今では最大の「武器」になるなんて予想もしませんでしたね。

   
 
   
  『場』
   
 

 販売する場所(マーケット)がなければ「杉」にも活躍の場はありません。
日本で最も多く植林されている樹種だから必ず何処かで使われています、それが記憶に残る場所や使用方法で無かったとしてもです。
浜松は「杉」製品の需要が比較的少なく「杉市場」としてはあまり魅力的な『場』ではなく中目丸太は加工板などを製造して関東や日本海側の製品市場に出品していました。
元落ち(売れ残り)で売値が下がり手元に入る金額も減るような状況が多く製材所のビジネスとして魅力が薄れてしまいます。
その方向に力を入れるよりも地元での小売りや卸売りで安定している外材を製材の主力するのですが、美味しいマーケットは誰でも目を付け独占したがります。

新たな製品開発もせず、マーケットの開拓もしない地場の製材業界は岐路に立たされていました。
流通業者主体の木材マーケットの中で外材に依存していた製材業界、そして今から思えば予想外の所への「黒船」の出現で地場の製材業界は一変する事になります。

 

 初回の寄稿からここまで相変わらず活躍しない「杉」。

次回いよいよ「黒船」の登場で思わぬ形で「杉」が業界の救世主になります。
(と思います。いや思っています。私の中では。。)

次回は「要らなかった杉から必要な杉に。流通に媚びない生産者の逆襲!」を予定しています。(順調に話が整理できれば)

   
   
   
   
  ●<やまぐち・よしのり> 1960年生まれ またの名をシブチョー スギダラ天竜支部支部長(自立立候補) 山口材木店退社後、丸八製材所営業開発課長として「天竜杉」の製品開発と販売に取 り組む(スギダラな人々第一回に登場) その後、有限会社アマノの営業課長として「天竜杉」の販売に携わる。
   
 
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