連載
  私の原体験/第10回 「田植え 」
文・イラスト/ 南雲勝志
   
 

5月、田植えを終えた水田は鏡のように周囲の風景を映し込み、一年でもっとも美しく、生命力を感じる季節。

昭和30年代の田植えの記憶を綴ってみます。
当時の田んぼは土地改良する前で、今ような大きな田んぼではありませんでした。現在は三反歩田んぼが標準、一枚が30m×100m、30アールの広さです。これは機械化を初めとする農業の効率化を前提に国が行ったものです。それ以前は小さいものは1アール程度、そして様々な大きさの田んぼが不規則に並んでいました。多分道が先に出来て、それに沿って田んぼを作ったからでしょう。お墓や戦場だった頃の塚なども田んぼの合間に唐突にあったものです。それはそれで風情があったのですが、水の管理や狭く曲がった農道など、管理は大変だったと思います。もっとも傾斜のきつい斜面の棚田などは大体今も同じです。

3月下旬、まだ田んぼが一面雪で覆われている時期、ところどころ黒い灰を撒き始めます。これは苗代に使う田んぼの雪を早く溶かすためで、灰の黒さが温度を吸収しそこだけ早く雪を溶かすのです。春の風物詩でもありました。

4月中旬、ようやく雪が消えた田んぼにまず肥料を蒔き、耕運機で田ぶち(耕起)を行います。土を掘り返し、全体を日光に当てるためです。暫くして水を張り、田掻き(代掻き)を行います。土のかたまりを細かくし、土を泥状にし苗を植えやすくするのです。同時に畦を鋤で削り、そこを泥で固め水が漏れないようにして行きます。こうして田植えの準備が終了、ここまではほとんど父親の仕事でした。

田植えは一家総出でした。先に苗代に植えてある苗を抜き、藁一本で一握りの束にし、両手で根に付いた泥をジャブジャブと水で洗って落として行きます。そうしないと植える時に根が絡まり、なかなか苗が別れなくなってしまうからです。

その苗を耕運機に積み、田植えを行う田んぼまで運んで行きます。田んぼではすでに父親が型枠で田んぼの泥に格子の線を引いてあります。型枠は断面が六角形で一片が20cm位、長さは9尺程度だったでしょうか。杉や檜で出来ていたと思います。以前はどこの家でもこの型枠を納屋の軒下にぶら下げていました。地元の大工さんで作っていたようです。

苗は10束位を腰にぶら下げた竹籠に入れます。大きな田んぼでは途中で苗がなくなるので、畦から苗を放り投げてもらうのです。

縦の線を真ん中にして裸足で田んぼに入り、親指と人差し指、中指の3本で苗を2、3本摘み、左から右へ植えていきます。小学生は腕が届かないので3列、大人は5列でした。別に競争するわけではないですが、親や姉がどんどん先に行くと悔しくて何とか姉を追い越してやる、などと思ったものでした。そうすると結局植え方がまずく、やり直しをさせられるのです。大人と同じ5列を植えられるようになったとき、ようやく一人前になったような気がして、少し大人に近づいたような感じがしました。

 

稲刈りは時々腰を伸ばせますが、田植えは向こうの畔に到達する迄、ずっと腰を曲げっばなしでとてもきつい労働でした。それだけに午前10時、午後3時の一服はとても待ち遠しく、嬉しいひとときでした。休憩時間、母親が麦茶を入れたヤカンとパンを持ってきます。こは小麦粉に卵を入れ蒸したもので、ほんのり甘く粘りがある食感でいつかまた食べて見たいと思っています。

家の東側が玄関、他の三方は田んぼに囲われていました。家より北側を「したっけた」(下方)南側を「うわっけた」(上方)と呼んでいました。だいたいしたっけたを先に植え、終えるとうわっけたへ移動していきました。その理由は分かりませんが、どちらも西に田んぼが広がっているのでいつも夕日が見えます。一日の作業が終わり、植えたばかりの苗がそよそよと風でなびき、田んぼに夕日がキラキラと光っていたことを覚えています。

機械化で得たものはとても多い。重労働からの解放、大型機械の導入による効率化。でもそれは一家総出の農作業を昔のものにしました。それを批判するつもりは毛頭ありません。自分もそれ故今こうしているのですから。ただ、これからそんな価値観はどうやって維持したり、伝えられたりしていけるのか? 日本全国の消えゆく限界集落の事を思い浮かべながらも、いや諦めるべきではないなどと微かな可能性を考えたりしているのです。

   
   
   
  ● <なぐも・かつし>  デザイナー
ナグモデザイン事務所代表。新潟県六日町生まれ。
家具や景観プロダクトを中心に活動。最近はひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。
著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』(ラトルズ)など。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部
facebook:https://www.facebook.com/katsushi.nagumo
エンジニアアーキテクト協会 会員
月刊杉web単行本『かみざき物語り』(共著):http://m-sugi.com/books/books_kamizaki.htm
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