特集秋田

秋田杉のある暮らし

文/写真 菅原香織

トンネルを抜けると、そこは・・・・

 
 

 初めて秋田を訪れたのは今から1987年の12月。東北新幹線で盛岡まで行き、田沢湖線に乗り換える。県境の仙岩トンネルを抜け秋田県に入るとあたりの風景は一変した。山裾まで垂直にそびえ立つ黒々とした木々に、しんしんと雪が降り積もる。クリスマスケーキのデコレーションのように、なめらかな綿帽子で、枝が大きくしなっている。


 灰色の空と、どこまでもつづく白と黒の墨絵のような風景。父の転勤で秋田に住むことになった母が「秋田の山は杉ばっかりで暗くて冬は本当に嫌だ」と言っていたので、この風景のことなのか、と改めて山並を車窓から目で追う。山間を抜け平地に入っても杉木立は延々と続き、別世界に入り込んで時間が止まってしまったような、奇妙な感覚におそわれた。

 
産地のわりには少ない木の家並み
 

冬の二ツ井駅


 日本の三大美林の1つに数えられる秋田杉、その産地であればきっと秋田らしい木造の住宅の家並みがあるだろう、と期待していたが、赤や青のトタン屋根、新建材のサイディングの木造住宅ばかり。悲しいかなお世辞にも趣深いとは言えない家並みにがっかりした。のどかな田園風景の中に、某住宅メーカーによる画一的な外観の住宅が立ち並ぶ。一体ここは秋田なのか?どこがスギの産地なのだろう?

たとえば同じ杉の産地でも、お隣の山形県金山町では、「金山杉」と「金山大工」によって受け継がれて来た「金山型住宅」がある。町では助成金によって100年かけて美しいまちなみ景観を作っていこうとしており、車で国道13号を通るだけでも、杉の産地らしいまちなみが形成されているのがわかる。

秋田らしい木造の家は探せばまだ残っているが、まばらに点在しているので、まちなみ、とまでは感じられない。

 そんなとき、ある仕事がきっかけでモクネットの加藤さんと知り合う。そのころ加藤さんは、林業・産地を再生する為の手段として、米代川流域の秋田スギ材を都市の家づくりに使ってもらうための、秋田スギの産地直結のシステムづくりに奔走していた。

そして、地元二ツ井にこそ、秋田スギの産地にふさわしい木の家と家並があるべきでは?ということで、モクネットでは1999年、モクネット材を使った木造住宅(二ツ井町営住宅)の建設を通して、「秋田型住宅」による家並みを、県内で初めて実現してみせてくれた。その住宅の住み心地の良さそうなことと、なによりモクネットの活動そのものに共感し、いつか自分も家を建てるならこんな家に住みたいものだと思った。

 
  山形県 金山型住宅

 

秋田県 増田町の町家

地産地消をめざして
   


 じつは秋田県でも、伐採期を迎えた秋田のスギを活用してもらおうと、平成15〜平成16年度に「秋田スギ活用促進チーム」を組織、平成17年度からは「秋田スギ振興課」に再編し、いかにして秋田スギを消費してもらうかに苦心している。

 秋田県の杉の蓄積量は約7800万立方メートルに達し、全国一である。しかしながら、毎年の成長量に対し消費量はその1/6にすぎず、外材の輸入も影響し、消費量は年々減少する一方だ。

加えて、1998年に秋田県の第3セクター「秋田県. 木造住宅」と子会社の「秋住」が千葉県で建築、販売した欠陥住宅問題が重大な社会問題となり、消費拡大どころか、行政や建築士、住宅を供給する事業者に対する消費者の信頼を損なう結果となった。

 この被害が直接のきっかけとなって、住宅品質確保促進法が制定されることになったのだが、秋田スギの木造住宅普及をめざしていたのに、思わぬ逆風が吹いてしまう。

 2002年に訴訟が和解してからは、まずは秋田スギに対する安心と信頼を取り戻すべく近年は、秋田スギをふんだんに利用した「魅力ある秋田スギ活用住宅建設提案事業」によるモデル住宅の公開展示や、秋田スギを使った新たな部材建材の研究・開発、地中熱等のクリーンエネルギーの住宅への利用など、普及を目的とした事業と、直接的な手段としては、秋田スギの柱材や内装材のプレゼント事業(!)も展開している。

 また、実際に乾燥秋田スギ住宅を建築できる県内の秋田スギの家供給グループが12グループ、普及組織が12企業立ち上がり、秋田スギの普及活動を始めたばかりで、秋田スギの「地産地消」は、ようやくここ1、2年で芽が出たかな?という段階だ。金山のような産地らしいまちなみが出来てくるのは、まだしばらく先かもしれないが、あたたかく見守っていきたい。

 
 
モクネットの加藤さん(中央)

 
二ツ井町営住宅

杉キッチン
   


 秋田で建材や内装材、建具以外の杉製品といえば、「曲げわっぱ」や「秋田杉桶樽」の工芸品が有名である。工法は違うがどちらも「天然秋田杉」を材料としている。

 では、造林秋田スギや間伐材を活用したスギ製品は?と探してみると、住宅同様、これもなかなか見当たらない。一般の家庭で使えるようなものとしては、一枚板のテーブルや伐根の座卓と言った民芸品的なものはあるが、使いたい!と思えるような秋田スギの製品がなかった。

 そんなとき、2003年3月、秋田県中小企業団体中央会主催の「創業・企業経営刷新プラザ」に出展された「杉キッチン」を発見!しかも製作したのは、モクネットの桜庭さん。本業の建具製作の技術を駆使して、製品化にこぎ着けたとのこと。秋田スギの扱い方を熟知していなければここまでの完成度は望めなかっただろう。直接受注で注文もいろいろ受けてくれて、しかも値段も手の届く設定。うれしいじゃないですか。またもいつか自分が家を建てたら…と夢みていたが、そう遠くないうちに現実となったのだ。

リノベーション

 時同じく2003年の4月。子供が小学校まで通うのに徒歩で30分もかかるので、同じ学区でもう少し近いところに引っ越したいと思っていたところ、ちょうど手頃な中古物件がみつかった。 鉄骨平屋建てで築18年、もとは事務所と倉庫が入っていた。本当は木造住宅希望だったけど、まだまだ躯体はしっかりしているので、内装を撤去して木造の箱をすっぽり入れるような「スケルトンインフィル」の住宅に改造することにした。

 予算の関係もあって、全ての材料を杉で、とはいかなかったのだが、モクネットから床材(秋田スギ無垢並材厚さ30ミリ)、断熱材(フォレストボード厚さ40ミリ)、床下調湿材(ゼオライト)、を調達。そして桜庭さんに杉キッチンを作ってもらい、2004年5月、念願のスギダラケライフが始まったのである。

 今年で2回目の冬を迎えるが、床は家族の成長をやさしく刻んで、味わい深い色あいになってきた。10月の秋田杉見学ツアーで梅内の学習林で枝打ちをしてからは、床板の節のひとつひとつに、手間をかけて育ててくれた人に感謝する一方で、手入れされずに荒れていく山への複雑な思いが交錯するようになった。

 杉キッチンには、引越し祝いにモクネットの加藤さんからいただいた杉の米びつがぴったりと納まっている。今日も、大館の日樽さんから購入したおひつに、栗久さんから購入したおしゃもじで新米をよそって、目にも美味しい秋田杉を味わう。

 昔はこんな暮しはきっと当たり前だったはず。たくさんの人と杉との‘必然の出合い’のおかげで、便利さや手軽さに、いつしか忘れてきてしまった杉と過ごす豊かな時間が、いま静かに私の周りで流れはじめている。




●<すがわら かおり> 教員
秋田公立美術工芸短期大学 産業デザイン学科助手
日本全国スギダラケ倶楽部 会員No.47 秋田支部長

 
  杉キッチン

 
リビングスペース

ダイニングスペース

間伐した杉の年輪

 
枝打ちしてすっきりとした梅内学習林

  水沢の秋田杉の原生林


 
   
  Copyright(C) 2005 Gekkan sugi All Rights Reserved